引用元:「大いなる自由」公式サイト
皆さん、はじめまして。字幕翻訳家の小泉真祐と申します。このたび縁あってLGBT.jp®︎でエンタメ作品のレビュー連載を受け持つことになりました。仕事柄、映像作品に触れる機会は多いものの、レビュー記事を書くなんて初めての経験。どうなりますことか・・・ とにかく新旧問わず自分の心に響いた作品を皆さんに紹介していきますので、よろしくお付き合いください。
オーストリアとドイツの合作映画「大いなる自由」
第1回目は、かつてドイツに存在した男性同性愛を禁じる“刑法175条“の法律がある中を生きた男たちの友情を描いたオーストリアとドイツの合作映画「大いなる自由」をご紹介します。主人公は175条違反で服役と出所を繰り返すゲイのハンスと同房の受刑者で典型的なホモフォビア(同性愛に対し、嫌悪感や偏見、恐怖を持つ人のこと)のヴィクトール。あることがきっかけで2人は距離を縮め、20年という歳月を経てかけがえのない存在になっていきます。
ハンスは決して“反175条”を掲げる活動家ではありません。自分らしく生きること、愛する人と心身ともに結ばれることをひたすら求めている男。一方のヴィクトールは長い刑務所暮らしで妻に会えず悶々とした日々を送っています。そんな状況下で変わっていく2人の関係は映画ならではの絵空事的な面はあるものの、他者を理解し受け入れていくことの美しさもしっかり伝わってきます。
帝政ドイツ時代の1871年に制定された刑法175条は第二次大戦後も東西ドイツに存在し続け、完全撤廃されたのは1994年だそうです。ナチス政権下では男性間の“わいせつ行為”を禁じたこの法律が同性愛者迫害に利用され、多くの人が収容所に送られました。
時は流れ現代の日本では、2023年6月に性的マイノリティーに対する理解を広めることを目的とした、いわゆる「LGBT理解増進法」が成立しました。この法律は保守派(LGBTへの全面的な理解を避けている人たち)への配慮から「全ての国民が安心して生活できるように留意する」との内容が盛り込まれるなど当事者や専門家から反対の声が上がりました。また、「全ての国民が安心して・・・」の文言が性的マイノリティーに対する差別の免罪符になっている印象も受けます。
当時の法律ではハンスは犯罪者となってしまいます。日々の生活では見過ごされがちですが、法律は権力者や特定の勢力が恣意的に運用することも可能であり、立ち止まって考えると恐怖を感じてしまいます。
「LGBT理解増進法」成立により性的マイノリティーと法律について考えさせられることも多く、そんなタイミングでこの作品を鑑賞できてよかったと思います。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、法改正により自由を手に入れたハンスの行動については賛否両論あるかもしれません。しかし私は、そこに彼の一貫した思いとヴィクトールへの愛を感じ、胸が熱くなりました。
本作品で字幕監修を務めた東京女子大学 柳原伸洋教授と映画ジャーナリストの立田敦子さんの解説動画を併せて視聴すると作品をさらに深く味わえると思います。
Fan’s Voice 「大いなる自由」解説動画
2021年製作/オーストリア・ドイツ合作
原題:Great Freedom
配給:Bunkamura