「フィラデルフィア」 ~差別と闘った先人たち~

よみもの
引用元:Sony Pictures Home Entertainment YouTube Channel

 

 またまたアカデミー賞ネタで恐縮です(笑) 毎年 授賞式シーズンになるとNHK BSやWOWOWなどで特集が組まれ、過去の受賞作がいくつも放映されます。旧作を見る好機とばかりに録画するものの、そのまま放置して“HDの肥やし”と化してしまうこともしばしば。実は前々回 取り上げた「プレイス・イン・ザ・ハート」も録りだめていたうちの1本でしたが、今回も“HD蔵出し”ということで「フィラデルフィア」を紹介します。エイズであることを理由に会社を解雇された男性が不当解雇を訴え勝利するまでを描いた法廷ドラマで、第66回アカデミー賞において主演男優賞(トム・ハンクス)と歌曲賞(ブルース・スプリングスティーン)を受賞しました。

減量してAIDS患者役に挑んだトム・ハンクス

引用元:ソニー・ピクチャーズ公式サイト

 アンドリュー(トム・ハンクス)は大手法律事務所に籍を置く有能な若手弁護士。彼はHIVキャリアであり、AIDSを発症していることを隠して働いていました。しかし症状の一種であるカボジ肉腫を同僚に気づかれるや、身に覚えのない失敗をとがめられ解雇されてしまいます。不当解雇として事務所を訴えることを決意した彼は、切れ味抜群の答弁で世間の注目を集めるジョー(デンゼル・ワシントン)に弁護を依頼します。同性愛者を毛嫌いしているジョーは依頼を一度は断りますが、アンドリューが図書館で差別的な扱いを受けているところを目の当たりにしたことで弁護を引き受ける決意をします。

 1990年代初頭はアメリカでもまだAIDSや性的マイノリティーへの偏見が強かった時代。治療法も確立されておらず、今以上に人々が誤った情報に踊らされていました。弁護を引き受けたジョーでさえアンドリューと握手したあとに手を洗い、医師に相談するほどです。

 当時の社会の空気はマスコミの論調からもうかがえます。公平な権利を求めるアンディに対し、記者は彼のセクシュアリティーを無遠慮に尋ねたうえで、「同性愛者には特別待遇が必要?」と問いかけます。ジョーは即座に「フィラデルフィアは独立宣言が起草された所。宣言には“同性愛者だけが平等”とは書かれていない。“すべての人が平等”とある」と答えます。本来 ジョーの答えがすべてなのですが、LGBTQに限らずマイノリティーが権利を求めると、いまだに同様の声がぶつけられるんですよね。

 作品は裁判のシーンを通して白人男性優位社会の欠点を浮かび上がらせます。そこで生きるマジョリティーはLGBTQや有色人種や女性が感じる息苦しさに無頓着になりやすいことがよく分かりました。監督のジョナサン・デミをはじめとした製作陣のメッセージは登場するキャラクターからも読み取れるのではないでしょうか。アンドリュー側の弁護士であるジョーは黒人男性、事務所側のコーニン弁護士(メアリー・スティーンバーゲン)は女性です。

 ジョーは自らが差別されてきた立場にいながら同性愛者への偏見を捨てきれずに葛藤し、コーニンも裁判が進むにつれて余裕の微笑みは消え、硬い表情になっていきます。彼女は男性社会でマイノリティーがキャリアを積むことの難しさを知っているはず。それでも裁判に勝つためには法律事務所の女性スタッフに嫌みな質問をぶつけたり、アンドリューの私生活を暴いたりしなければなりません。思わず「イヤになるわ」とつぶやいてしまうシーンが印象に残りました。

 しかし一番の見どころはトム・ハンクスの演技でしょう。冒頭では若々しく自身に満ちあふれた姿を印象づけ、それが病状が進むにつれてやせ細っていく変化をリアルに演じきっています。なんでも30ポンド(13.6キロ)も減量して撮影に臨んだのだとか。(*1) もちろん外見だけではありません。信念を貫きつつも、時に孤独感や恐怖心に襲われる心情を見事に表現していたと思います。圧巻は裁判の準備を進めるジョーをよそにオペラに聞き入るシーン。その静かな演技からアンドリューの悲しみがひしひしと伝わってきました。

 ネタバレをしてしまうと、裁判では法律事務所に損賠賠償を命じる評決が下されます。アンドリューは正義を勝ち取ったわけですが、その過程で私生活を暴かれ、陪審員や傍聴人の前で体のカポジ肉腫をさらすなど、心に負った傷は計り知れません。それでも救いだったのは家族や恋人が彼を信じ、共に闘ったことでした。

 以前 このコーナーで取り上げた舞台「インヘリタンス -継承-」はAIDSや差別などゲイコミュニティーが対峙してきた歴史を3世代のゲイの姿を通して描いた大作でした。そこに登場する60代の保守派ゲイであるヘンリーが生きた時代というのは、まさにアンドリューが生きた時代だったのではないでしょうか。「フィラデルフィア」を鑑賞した今、もう一度 あの舞台を観たいと思いました。(詳しくは「インヘリタンス -継承-」のレビューを見てね!)

 今やエイズは死の病でなくなりつつありますが、マイノリティー差別は解消されていません。日本では一部の政治勢力を中心にむしろ強まっていると感じることもあります。その意味で「フィラデルフィア」の世界は過去のものではありません。先人たちの闘いの歴史を伝えていくことが大切だと改めて思いました。

 

*1 『必見!トム・ハンクスの多彩な演技が光る代表映画10作品』 VOGUE JAPAN 2022.7.20

 

1993年製作/アメリカ
原題:Philadelphia
配給:コロンビア・トライスター映画

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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