1977年生まれのロペス氏は1990年に自身のセクシュアリティーを自覚したそうです。HIVの治療薬や予防薬が開発された今と違い、当時はゲイ同士の愛やセックスが死に直結すると考えられていた時代。とりわけ彼は保守的で同性愛嫌悪の強い地域で育ったため、地元を離れてからようやく自分を受け入れられたと言います。そういったトラウマを取り払い、喜びの中で生きていくために本作品を書いたのだとか。

 ロペス氏自身が最も投影されたであろう役がトビーです。身勝手で破滅的な生き方のトビーが絞り出すように語る彼の物語を聞いた時、私は初めてその苦しみを理解できた気がしました。それはヘンリーやエリックや、前編の最後から後編にかけてのキーパーソンであるレイに対しても同じです。時代の大きな流れの下には無数の人々が存在し、ひとりひとりに尊厳があり、彼らの物語に耳を傾けていくことで記憶が継承されていくんですね。

 「ゲイが市民権を得て、彼らのコミュニティーだけで使われていた言葉を今や子どもが使うほどになった。でも学校の授業でゲイの闘いの歴史を教わることはない(要約)」というセリフがあり、ふと日本の現状が浮かびました。多くの性的マイノリティーの方がメディアなどで独自の感性を発揮していることを素晴らしいと思う反面、法的な整備は進まず、政治家の差別発言も後を絶たない。社会にはまだ耳を傾ける姿勢が欠けているのかもしれません。

 出演者の皆さんは観客を圧倒するほどの熱演。中でもアダムとレオという二役を、時に小悪魔的に、時に激しく演じ分けた新原泰佑さんが印象に残りました。そして後編の最後に登場するマーガレット役の麻実れいさん! セリフを聞いているだけなのにマーガレットの人生が映像となって浮かんでくるんです。本当に素晴らしかった。

撮影:引地信彦

 11日に客席で観劇したロペス氏は、日本語・英語の壁を越えた“作品”という言語で包み込まれたと感想を語っていました。本作の下敷きとなった『ハワーズ・エンド』の作者フォースターが『モーリス』などの文学作品で自身の物語を残したように、ロペス氏の物語はエリックやトビーやレオの言葉を通して、劇場を埋め尽くした観客に継承されたのではないでしょうか。

 その内容ゆえ“時事もの”と受け止められることの多い本作ですが、「いつか“歴史もの”として認識される日が来ることを望んでいる」というロペス氏の言葉が胸に響きました。

提供:東京芸術劇場

 

『インヘリタンス -継承-』は2月24日まで東京芸術劇場プレイハウスで上演されたのち、大阪と北九州での公演も予定されています。

舞台『インヘリタンス -継承-』公式サイト

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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