こまつ座 第147回公演『闇に咲く花』 ~戦後79年 終戦の日に井上ひさしが紡ぐ言葉を~

よみもの
引用元:サンライズプロモーション東京公式YouTubeチャンネル

 

 字幕翻訳の仕事を始めてから かなりの年月が過ぎました。キャリアを重ねても仕上がりに100%満足することはなく、今も悪戦苦闘の毎日です。翻訳の勉強をしていたころと、プロとして仕事を頂くようになってからの変化としては日本語に対する意識が強くなったことでしょうか。日本語として不自然な字幕は観客や視聴者のストレスになると思うからです。また言葉は時代とともに変わっていくので、常にアンテナを張っておくことも大事ですね。

 そういった意味では舞台鑑賞も勉強になります。中でも好きなのが劇団「こまつ座」です。戯曲家の井上ひさしさんが立ち上げた劇団で、1984年の初公演以来、座付作家 井上ひさしに関係する作品のみを専門に上演する制作集団として(*1) 彼の没後も人気を保っています。現在 所属俳優はおらず、公演ごとに出演者を招く形を取っていて、大竹しのぶさん、小泉今日子さん、熊谷真実さん、松田龍平さん、藤井隆さんなども参加しています。

 『頭痛肩こり樋口一葉』『父と暮せば』『雪やこんこん』『マンザナ、わが町』など好きな演目はたくさんありますが、今回は『闇に咲く花』を紹介したいと思います。主演は今をときめく松下洸平さんです!

“忘れてはいけない・・・” 記憶を巡る物語

引用元:こまつ座公式HP 2023年公演一覧

 敗戦から2年後の昭和22年。神田猿楽町にある愛敬稲荷という小さな神社が物語の舞台です。ちなみに私は千葉県から総武線で千代田区の中学校に通っていたので、劇中に出てくる地名がどれも懐かしく、そんなところにも親近感を覚えました。

 愛敬稲荷には神主の牛木公麿の他に未亡人5人が身を寄せていて、闇米を売買するなどして細々と、それでも笑いを忘れずに暮らしていました。ある日、戦死したと知らされていた公麿の息子(実は養子なのですが・・・)健太郎が帰還します。彼は戦地で記憶喪失になり3年も収容所で生活していたのです。息子が戻ったことで公麿は元気を取り戻し、神社再建に向けて進み出します。かつて野球部のエースだった健太郎も先に帰還した親友・稲垣の協力で記憶を完全に取り戻し、プロ野球選手としての新たな人生を歩み始めようとしていました。

 そこへGHQ法務局に雇われた諏訪という男が現れます。健太郎にC級戦犯容疑がかけられたというのです。現地人とキャッチボールをしていた時に顔にボールを当ててしまったという理由で。ショックを受けた健太郎は再び記憶を失います。果たして彼の運命は・・・

 井上ひさしさんの戯曲は幾重にも伏線が張られていて、それらが物語が進むにつれて徐々に回収されていきます。割とドタバタな展開だったり、作品によっては音楽がふんだんに使われていて、一見 賑やかな印象です。ところが観客は笑って観ているうちに、何か重たいものを突きつけられた気分になる・・・そんな作品群です。本作でいえば、健太郎の人物設定がなぜ記憶を失った野球部員なのか、なぜ舞台が神田の神社なのか、そして『闇に咲く花』というタイトルの意味など、その答え合わせは観客ひとりひとりに託されている気がしました。

 そして一番の魅力は井上ひさしさんの紡ぐ鋭い言葉の数々です。「(日本人は)上に何かを頂いてないと落ち着かないんだよ。そして上に頂くものが白なら、何の考えもなく白になる。白が青に変われば今度は何の反省もなく青くなる」「息抜きに来た人を息苦しくしたら神社じゃなく、お役所になる」 そして極めつきが「ついこの間 起こったことを忘れちゃダメだ。忘れたふりは なおいけない。過去の失敗を記憶していない人間の未来は暗い」 戦後80年近くが経過して戦争経験者がいなくなりつつある今、改めて噛みしめたい言葉ばかりです。

 日本人の気質。軍国主義によって本来のあり方を奪われ、敗戦を経てさらに変容する神社の姿。アメリカで生まれた野球を愛した青年がアメリカに裁かれる皮肉・・・ それらが膨大なセリフとなって押し寄せます。覚えなければならない役者さん、本当にお疲れ様です(笑)

 この作品の初演は1987年。(*2) 靖国神社がある千代田区を舞台にしていたり、神社本庁について深く突っ込んだセリフがあったり、当時はかなり攻めた戯曲だったのではないでしょうか。いや、メディアが権力に忖度し自主規制することがまかり通っている昨今のほうが上演のリスクが高かったりして。考えさせられると同時に刺激的な戯曲です。

 私は2023年に新宿の紀伊國屋サザンシアターで観劇しましたが、レビュー執筆に当たりWOWOWで放映された舞台中継も視聴しました。劇場のライブ感も好きですが、映像では役者さんの表情もよく分かるので楽しめます。いきなり劇場に足を運ぶことにハードルの高さを感じる方は、こういった中継で肩慣らしするのもアリですね。純粋がゆえに時代の流れに翻弄されてしまう健太郎は松下洸平さんの雰囲気にピッタリで、“あのシーンはこんな表情で演じてたのかぁ”なんて思ったりして、二度おいしい観劇体験でした。

 親子役を演じた山西惇さんと松下洸平さんは、敗戦直後の沖縄を舞台にした こまつ座公演『木の上の軍隊』でも共演しています。その作品が2025年に映画化されるとのこと。(*3) 出演者がわずか3人の芝居がどのように映像化されるのか、そして誰が主演を務めるのか今から気になるところです。

 

*1 『井上ひさしとこまつ座』 こまつ座公式HP
*2 『こまつ座40周年記念「闇に咲く花」山西惇と松下洸平が戦後生きる父子に』 ステージナタリー 2023.5.12
*3 『映画「木の上の軍隊」2025年上映決定』こまつ座公式HP

 

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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