映画「風が吹くとき」 &小説『ある晴れた夏の朝』~原爆をテーマにした2作品~

よみもの
引用元:映画「風が吹くとき」公式サイト

 

 『風が吹くとき』という本をご存じですか? 核戦争の脅威を描いた絵本で、作者はイギリスの作家にしてイラストレーターのレイモンド・ブリッグズです。1986年には日系アメリカ人のジミー・T・ムラカミによりアニメーション映画化され、主題歌をデヴィッド・ボウイが担当しました。1987年に日本で公開された際には日本語吹替版の監督を大島渚が務め、主人公夫婦の声を森繁久彌、加藤治子という名優2人が担当したことでも話題になったそうです。

 その「風が吹くとき」日本語吹替版がリバイバル上映されているとのことで観に行ってきました。今回は小手鞠るいさんの小説『ある晴れた夏の朝』と併せて紹介したいと思います。

大物たちが集結した奇跡のアニメーション映画!

引用元:映画「風が吹くとき」公式X

 イギリスの田舎町で暮らす老人ジムは第3次世界大戦が起き、核爆弾投下の可能性があることをニュースで知ります。原爆が落とされるはずなどないと高をくくる妻ヒルダをよそに、彼は政府発行のパンフレットに従って屋内シェルターを作り始めます。しかしシェルターとは名ばかりで、家のドアを外して壁に立てかけ、ソファなどで固定するだけ。ちなみにこのパンフレットは実在し、イギリス政府が配布していたというから驚きです。

 ついに原爆が投下されます。一命をとりとめた2人ですが、シェルターの隙間から覗くと、家の中はがれきの山。2人は原爆の本当の恐ろしさを実感できないまま徐々に日常生活を取り戻していくのですが・・・

 私たち日本人が“原爆”と聞いて描くイメージと裏腹に、物語は淡々と進みます。ほのぼのとしていると言ってもいいくらいです。ジムもヒルダも戦争体験があるのですが、会話からは危機感が伝わってきません。ジムは効果のなさそうなシェルターを何の疑問も持たずコツコツと作り、ヒルダは原爆投下翌日の牛乳や新聞の配達を心配する始末で、原爆症の症状が現れても、疲れがたまっているせいにしてやり過ごすのです。

 “正常性バイアス” そんな言葉が浮かんできました。これは社会心理学や災害心理学などで使用されている用語で、多少の異常事態が起こっても、それを正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする働きのことです。(*1) 本作のすごさは原爆の恐ろしさだけでなく、鈍感になっていく人間の心理をも描いている点でしょう。正常性バイアスに陥った人は権力者の愚行も無批判に受け入れてしまいますよね。原作が描かれた1982年当時はアメリカとソ連が軍拡競争を繰り広げ、数万発もの核兵器を保有していた時代だったのでブリッグズは危機感を抱いたに違いありません。悲しいことに、彼の懸念は2024年の現在も普遍的なメッセージとして私たちに問いかけています。

 本作の鑑賞と前後して小手鞠るいさんの小説『ある晴れた夏の朝』を読みました。これは2000年代初頭のアメリカを舞台に、8人の高校生が1945年8月の原爆投下の是非を討論するという物語です。

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小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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