筆者撮影

 ニューヨークに住む主人公のメイは母親が日本人で4歳まで日本で暮らしていました。長いアメリカの夏休みをどう過ごそうかと考えていた彼女は、憧れの上級生ノーマンとスコットに“原爆投下の是非”をテーマとした公開討論会への参加を誘われます。戸惑いながらも承諾したメイを含む8人の若者の熱い夏がこうして始まりました。

 通常のディベートは自分の意見に関係なく肯定派と否定派グループに分かれ、相手側や審判などの第三者を理論的に説得し勝敗を決めます。(*2)しかし本作では参加者は自身の信条を基にあらかじめ肯定/否定を明確にしています。さらに大前提として全員が戦争反対の立場です。そのため“論破”することを目的とした軽薄な屁理屈が発せられることはありません。全員が真摯にテーマと向き合い、入念なリサーチと磨き上げたプレゼン能力で勝負します。また参加者は日系、中国系、黒人、ユダヤ人など多様で、そのバックグラウンドによって原爆や戦争に対する考えも違っています。

 肯定派はアメリカでよく聞かれる“原爆投下は戦争を早く終わらせるための必要悪”論を軸に話を進め、否定派は原爆の非人道性を主張します。しかし全4回の討論会を通して、肯定派は当時のトルーマン大統領が被害データを恣意的に扱っていたことを知らされ、否定派は戦争加害国としての日本に直面させられます。また原爆実験や投下は人種差別と結びついているという論説も飛び出し、両グループのスリリングな攻防にページをめくる指が止まりませんでした。

 このように多角的な視点で原爆を問うことができるのはアメリカ在住の小手鞠るいさんならではですよね。また日本語に焦点を当てて広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文を読み解くシーンがあり、言葉を扱う者として勉強になりました。お薦めの1冊です!

 唯一の被爆国である日本は核兵器禁止条約に参加していません。昨年の調査では77%の人が参加すべきと答えています。その一方で米国の“核の傘”の下にいることを8割の人が容認しているとのこと。(*3) こうした矛盾の中に私たち日本人はいるんです。正直 私も他人事のような感覚になってしまうことがあります。

 広島と長崎に原爆が落とされて79年。映画「風が吹くとき」に関わったレイモンド・ブリッグズ、デヴィッド・ボウイ、大島渚、森繁久彌、加藤治子らの方々は既にこの世にはいません。若い世代が戦争体験者から話を聞く機会もほとんどないでしょう。しかし「風が吹くとき」や『ある晴れた夏の朝』といった優れた作品は永遠に残ります。若者だけでなく現役世代の私たちに、原爆や戦争について知る機会を与えてくれるこれらの作品に感謝したいと思います。

 今年も暑い8月が来ました・・・

 

*1 総合南東病院 広報誌『南東北』170号より
*2 『用語集:ディベートとは?』 リクルートマネージメントソリューションズ公式サイトより
*3  川野徳幸 広島大平和センター長「平和とは何かを問う」 東京新聞考える広場 2024.8.7 

 

1986年製作/イギリス
原題:When the Wind Blows
配給:チャイルド・フィルム

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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