「チョコレートドーナツ」 ~ゲイカップル + ダウン症の少年 = 家族~

よみもの
引用元:「チョコレートドーナツ」公式X

 

 9月に最終回を迎えるNHK朝の連ドラ「虎に翼」が話題ですね。8月の放送ではトランスジェンダーや同性婚の問題が描かれ、当サイトでも取り上げました。(該当の記事はこちら) しかし敗戦直後の法曹界を描いたドラマで性的マイノリティーが取り上げられたことに対して否定的な意見もあったようです。それらを読んでいて1本の映画が頭に浮かびました。約10年前に公開された「チョコレートドーナツ」です。当時大ヒットを記録し、のちに舞台化されたのでご存じの方も多いと思います。今回はこの作品を取り上げましょう。

アラン・カミングの圧倒的パフォーマンス

引用元:「チョコレートドーナツ」公式X

 ゲイの中年男性ルディはプロ歌手になる夢を諦めきれず、ドラァグクイーンとして場末のバーのステージに立っています。彼が暮らす安アパートの向かいにはダウン症の少年マルコが住んでいました。彼の母親は薬物と男に溺れて育児を放棄したあげく、逮捕されてしまいます。このままではマルコが施設に入れられてしまう! ルディは検事局に勤める恋人ポールの提案で“暫定的緊急監護権”の手続きを申請します。親の署名があれば監護希望者は配偶者の有無を問われないため、独身のルディでもマルコを養育できるのです。さらにポールは裁判所の心証をよくするため(さらにプロポーズ的な意味合いもあってキュンとします)3人で暮らすことを提案します。ルディとポールがいとこだと偽って・・・

 しかし2人が同性カップルであることが周囲の知るところとなり、子どもの養育環境に適さないと判断した家庭局はマルコを施設に入れてしまいます。行政の不当なやり方に憤慨した2人は闘う決心をするのでした。

 ここからは法廷のシーンが続くのですが、対するのは行政側の弁護士、裁判官、ポールの上司である検事など法をつかさどる人々です。彼らは“同性愛者は異常”という先入観を根拠として法律の解釈をねじ曲げました。そして“マルコの利益”という本来の目的を外れ、法廷が同性愛者をつるし上げる場になっていくのです。

 偏見や先入観って恐ろしいとつくづく思いました。舞台設定が1970年代末ということもありますが、法律家たちが同性愛者に浴びせる非難の言葉にはゾッとさせられます。ダウン症に対する医師の無理解も同じで、専門性が必要とされる職業に就いている者でさえ、客観性より自身のバイアスを信じてしまうんですね。それによって傷ついたり機会が失われたりする人が大勢いたことでしょう。法廷でポールは切々と訴えます。「私たちはあの子を愛しています。面倒を見て教育をし、大切に守り、良き大人に育てます。過ぎた望みですか?」 共に暮らした1年間、3人は紛れもなく家族でした。

 物語は悲しい結末を迎えるのですが、その原因となった差別には明確な“ノー”が突きつけられます。作り手のメッセージはルディが歌うボブ・ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト(I shall be released)」に込められています。演じるアラン・カミングはミュージカルでも活躍する俳優なので、素晴らしい表現力で観る者を圧倒します。

 ポールが法曹関係者に投げかける静かな怒りも感動的で、涙なくしては観られません。こうした俳優陣の素晴らしい演技により、重いテーマでありながらも第一級のエンタメ作品に仕上がっていると思います。

 「虎に翼」もそうですが、どうも日本にはメッセージ性を持つエンタメ作品を毛嫌いする人が一定数いるようです。またコンプライアンスを重視する世の中の流れを窮屈に感じている人もいます。でもこれまで可視化されていなかっただけで、不当に踏みつけられていた人はずっと存在していたんです。むしろそういう人たちがこれまで窮屈な思いをしてきたとも言えますよね。未知の出来事に拒絶反応を起こすのではなく、自分のこととして受け入れる姿勢を忘れずにいたいものです。

 この「チョコレートドーナツ」ヒットの裏にはこんな逸話があります。当初はシネスイッチ銀座だけの単館上映でした。宣伝担当者がテレビ各局に売り込んだところ、「ゲイカップルとダウン症の映画なんて紹介できない」と断られたそうです。しかし某番組で映画コメンテーターのLiLiCoさんが泣きながら紹介したところ、翌週から上映館が140館にまで増えたとのこと。当時のことをLiLiCoさんはこう語っています。「日本で上映される前にアメリカで高い評価を受けていた傑作が、偏見によって紹介されもしなかった。頭にきましたね。エンターテインメントをめぐる意識が遅れていると、傑作が埋もれてしまうんです。テレビは(出演者やスタッフなど)LGBTQの人たちに支えられている業界なんだから、そろそろトップも意識を変えていかなきゃいけないと思いますよ」(*1)もしかしたら「虎に翼」はエンタメ界の意識が少しずつ変わってきたことの現れかもしれません。

 自慢話と受け取られそうですが、私が字幕翻訳を担当した映画「ラスト・ムービースター」が公開された時も、LiLiCoさんが同番組で声を詰まらせながら紹介していました。偶然テレビで見て感激したのを覚えています。その節はありがとうございました。今ごろお礼かよっ(笑)

 

*1 『今こそ家で観たいLiLiCoのおすすめ映画5選』 HUFFPOST 2020.4.10

 

2012年製作/アメリカ
原題:Any Day Now
配給:ビターズ・エンド

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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